2005年に世間を賑わせた姉歯事件を覚えていますか?
姉歯事件とは耐震偽装問題です。
12年前のわりと新しい事件なので、記憶にある人も多いと思います。
マスコミによる大バッシングで、メディアで大騒ぎになりました。
私は事件に絡む株式会社ヒューザー(現在は破産)元社長の、濃いキャラクターが印象的で今でも覚えています。
そこで今回は、姉歯事件とはどんな事件だったのかを振り返り、関連人物やその後についてまとめました。
『姉歯事件』の概要
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姉歯事件とは、千葉県の元一級建築士の姉歯秀次と、現在は破産している株式会社ヒューザーが手を組み偽装をして、建物の建設を繰り返した耐震偽装問題です。
姉歯事件の発端は2005年、北千住に施工予定だったマンションの鉄筋量の異常に施工担当会社が気付いて調査を依頼し、構造計画書の偽装が発覚したのが始まりでした。
なぜかと言うと、1981年の法改正によって、それ以降に建設された建物は全て、震度6強から7レベルに耐えられる設計で建設されることになっていたため、異常に気が付いたのです。
その後、姉歯秀次とヒューザーなどによる構造計画書の偽装が匿名で国土交通省から発表され、それに続くかたちで、インターネット上で実名が告発されました。
マスコミは、震度5強ほどの地震で倒壊の恐れがあると報道して、『殺人マンション』と騒ぎ立てました。
警視庁は、千葉県警や神奈川県警と合同捜査本部を設置して捜査に取り掛かり、『耐震強度構造計画書偽装事件』と名付けました。
グランドステージ東向島などのマンションや、ホテルなどの多くの物件に渡って耐震偽装が行われていて、分譲マンションにおいては、数千万円もする物権を購入した人も多く、泣く泣く退去しなければならない状況になってしまった。
姉歯秀次は、後に国会で証人喚問された時に『数値が基準に満たなくても、耐震壁を使って耐震性能に優れているため、偽装とは思っていない』と弁明をしているが、建築基準法違反などで逮捕起訴されました。
そして、当初は建設会社やコンサル会社などと共同の犯行と思われていたが、裁判による公判では『元一級建築士の姉歯秀次による個人的な犯罪』と結論付けられました。
東京地方裁判所では、姉歯秀次に懲役5年、罰金180万円の執行猶予なしの実刑判決を言い渡しています。
『姉歯事件』の重要人物~姉歯秀次~
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姉歯秀次は宮城県大郷町出身で、1980年に宮城県立古川工業高校を卒業後、大阪に本社がある中堅のゼネコンに入社しました。
そして、東京支社の施工部門に配属されて、建設現場の管理を担当していました。
1984年に、『設計の仕事がしたい』と退社し、建築事務職などに勤務しました。
1988年に、千葉県市川市に事務所を開設し、1990年に、一級建築士として登録されました。
なお、一級建築士の免許は2005年の耐震偽装問題のために取り消しとなりました。
その後、2006年に、建築士法違反ほう助で逮捕されました。
ヒューザーとはどんな会社だった?元社長の小嶋進とは?
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ヒューザーはもともと、1982年に恒和不動産株式会社として設立されたが、その後改称を繰り返し、2001年に株式会社ヒューザーとなりました。
社員数は27名で、耐震偽装問題の前の年の2004年で売上高は127億円で、建築会社としては中堅に位置していました。
社長は小嶋進でした。
ヒューザー元社長小嶋進とは
小嶋進は、宮城県加美郡麻町出身で、1972年に、宮城県古川高等学校を卒業後に、住宅販売会社に入社し、2年後に退社しました。
その後、転職をしながら1975年に上京し、先物取引営業マンなど色々な職業に就きました。
1976年に、マンション販売会社に入社し、1982年に恒和不動産株式会社を創業し、何度か社名を変更し、2001年に株式会社ヒューザーとなりました。
そして2005年に、販売していたマンションの構造計画書に偽装があったために、一気に渦中の人となりました。
『姉歯事件』のその後
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姉歯事件はその後、国会にまで持ち込まれてしまいました。
証人喚問には小嶋進やイーホームズの社長、木村建設の社長などが参考人として招致されました。
1回目、2回目ともに姉歯秀次は欠席したが、国交委員会で証人喚問されて、木村建設のに偽装を指示されたと説明しましたが、木村建設の元東京支店長はそれを否定しました。
姉歯秀次氏は事件発覚後、多くの取材に対して非を認めない姿勢をし続け、バッシングを浴び続けてしまいました。
裁判では結局、最終的には姉歯秀次一人による偽装と決定しました。
そして、姉歯秀次は懲役5年などの実刑判決となりました。
2006年には、精神的に疲れたとされる姉歯秀次の妻が自殺をするという、とても悲しい出来事が起きてしまいました。
その後も、姉歯秀次以外にも耐震偽装を繰り返した建築士が発覚したことで、しばらくこの話題は尽きませんでした。
マスコミによる猛烈なバッシングを受けた小嶋進
当時、小嶋進は姉歯秀次による設計で建設を繰り返したとして、マスコミやメディアに猛烈にバッシングされました。
最終的には、裁判でむしろ被害者という判決になったのだが、当時ブームだったホリエモンにちなんで、自分自身を『おじゃまもん』という呼び方でインタビューに答えるなどしていたため、世間では悪者扱いされたままです。
ヒューザーは、2005年に事実上の営業停止常態に追い込まれました。
その頃の会社の保留金額は、28億円もありながらさすがに営業再開は出来ず、2006年に破産手続きを開始して、2011年に破産手続きは終了しています。
最終的な判決は被害者だが、裁判の途中で有罪判決が下され、獄中にしばらくいました。
その後は、報道期間や姉歯事件の関係者などに多数の名誉棄損などの訴えを起こして、現在も続けています。
『姉歯事件』の物件は現在どうなっている?
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記憶に新しい2011年の東日本大震災では、姉歯秀次が設計した多くある東京都内や千葉県内でもかなりの揺れを記録しました。
姉歯事件でマスコミは、『震度5以上の地震が来たら建物が必ず崩壊する』と騒ぎ立てていましたが、東日本大震災による建物の崩壊はほぼありませんでした。
事件当時に姉歯秀次は、『耐震強度はかなりの強度を保っているので、震度7や8にも十分耐えられる』と証言していました。
震度8まではいかないが、震度5以上では崩壊しないことが、実際に証明された形になりました。
しかし、補強工事をしていた物件もあるので、全てが証明されたわけではありません。
そして、耐震偽装問題の建物は解体が命じられているが、解体にもかなりのお金がかかるためか、現在も多くの建物がそのまま残されています。
まとめ
姉歯事件についてのまとめはいかがでしたでしょうか?
姉歯事件とは、安く建築するために耐震に必要な工事を抜いてしまったことが、元凶となっています。
国の定めたルールを守らなかった姉歯秀次はもちろん悪いですが、東日本大震災の後の建物を見ると、建築士としては優秀だったんだなと思いました。
姉歯事件で、マスコミは姉歯秀次を大バッシングしましたが、実際には震度5以上の地震が来ても崩壊しなかったことは報道していないですもんね。
少しは良かったことも話題にして欲しいものです。
姉歯事件とは、最終的には姉歯秀次だけが完全な悪者に見える事件でしたが、小嶋進は当時週刊誌の取材に『国が定めた建築確認検査の制度上の欠陥も問題だ』と語っています。
確かに、耐震偽装で建築をしたとしても最終的に検査が通らなければ、その時点で偽装がばれるはずですよね。
現在は、建物の最終検査もかなり厳しくなっているようですが、事件が起きる前から厳しくしていたら、何かが変わっていたかもしれませんね。
※事件とは全く関係ないですが、カツラを被っていたことが分かり、「髪の毛も偽装していた」とインターネット上で大きな話題になりました。
髪の毛も偽装とは…。みなさん上手いこと考えますよね。(苦笑)
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。